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クリーンおじさん4 下/つかボン

3000HIT御礼!


遅くなりましたが……
我がブログが3000HITを達成しました!!!

みなさん! ありがとうございまーーーす!!
ここまで続けてこられたのも、ひとえにいつも訪問してくださるみなさんのおかげです。
いくら感謝してもしきれません!
毎回同じようなことを言ってるかもしれませんが、本当のことなので何度でも言います。

そんな訳で、3000HITのお礼を差し出したいと思います。

自作小説『クリーンおじさん』の本編は、今回が最後となります。
もし楽しみにしてくれていた方がいれば、申し訳ありませんと謝っておきます。
そして同時に、今まで応援してくださってありがとうございました。
楽しみにしてくださる方が満足できるラストになっていたら良いのですが。

では、「続きを読む」からどうぞ!


『クリーンおじさん』(///4<上>/4<下>)


『クリーンおじさん4〈下〉』
 
 
 最近よく老いを実感することがある。
 それは読む本の趣向が人情ものに偏ってきたりだとか、無意識にぼーっとする時間が増えてきたりだとかいう事例からも察しが付くというものだ。
 しかしやはり、最も歳を気にする時は身体的な疲労を感じる時だろう。
 例えばそれは、筋肉も体力も衰えてない若さ溢れる女の子のランニングに付き合わされた時とか。というか正に今の状況がそれ。
 実際に走った時間は十分ほどにも関わらず、早くも私の膝は笑い始めている。視界がチカチカと明滅し、意識が昏倒としそうで呼吸するのも辛い。
お譲ちゃんの方はというと、息を切らしていないどころか走るのが楽しくて堪らない風な嬉々としたオーラが体から発散されている。いち早く目的地に辿り着きたい、そんな感じ。さっきから何度も「休憩させてくれ」とせがんでも全く取り合ってくれない。
 ただ、過ぎ去っていく景色を見ていると、何となくお譲ちゃんの向かっている先が予想出来た。
 現在、左下方に河川敷を臨む土手の上を走っている。前方にはこの町と隣町を区切る鉄橋。
 おそらくお譲ちゃんの目指している先は、私とお譲ちゃんが出会った場所、そして、今しがたまで私が向かおうとしていた場所に相当する。
 詰まる所、私とお譲ちゃんの目的地は一緒だったことになるんだが。大丈夫と言ったのはこういうことだったのだろうか。
 頭の内側で思考を廻らしていると、河川敷に下る坂道の端でお譲ちゃんが唐突に足を止めた。
 視界に映る情報が脳に伝達されていなかった私は、そのままの勢いでお譲ちゃんの背中にぶつかりそうになり、寸前のところでブレーキに成功。一瞬、さっきのお返しに突き飛ばしてやろうかなんて案が脳裏を過ったけど、相手が女の子で自分が大人だということを考慮すると、とても褒められたものじゃないどころか、とある場所から出頭要請が来そうなので思考にもブレーキ。
 両膝に両手を乗せて体を沈める。しばらく肩で荒く息を吐いて呼吸を整えることに没頭。
 徐々に脳に酸素が回ってきたこと確認して顔を上げる。
「急にどうしたんだい」
「おじさん」お譲ちゃんは背中を向けたまま喋る。「こっから先は目を瞑ったままついて来て」
「えぇ。なんで」
「いいから、さ。酷いことはしないから」さっきされたしな。
「……分かった。瞑るよ。……これでいいのかな?」
 まぁここまできたら素直に従わないと、今までの経緯が馬鹿らしくなってしまう。理由はそういうことにしておく。
「よいよよいよっ」
 嬉しそうな声色だな。きっと瞼の向こう側で意地の悪い笑顔を浮かべているに違いない。
 再び私の腕を取ったお譲ちゃんは、今度はゆっくりと歩き出した。
 坂道の不安定さが腰に響く。針を刺すような痛みに小さく呻きながらも、足元のバランスだけは保ち続ける。手首に染み渡るお譲ちゃんの力強い温かみが頼もしいと思ってしまった自分が、微妙に情けない。
 こんな風に目に蓋をして外界と自分の存在を遮断すれば、罪悪感からも解き放たれるのではないかと考えたことがある。瞼を閉じ続けるなんて実際には無理な話で、すぐに諦めた。
 過去は事実として確かな形を残す。私は過去から逃げられない。過去が付き纏う現実から目を背けることが出来ない。その真実を改めて思い知らされてからは、悪あがきはやめることにした。
 だけど僅かだけ。ほんの僅かだけ期待したくなったんだ。
お譲ちゃんの言った『幸せの見つかる場所』という言葉に。
いろいろなことを諦めてきた癖に、今更惨めに希望に縋りついてどうするんだ、と理性は言う。
その通りだと思う。賛成だよ私の理性。
本当は何が待ち受けているのか恐ろしくて、今すぐ逃げ出したい。私の足が震えていることに、お譲ちゃんは気付いているだろうか。
でも、足元のバランスだけは保ち続ける。何故なら私の腕を掴む女の子が逃げ出すことを許さないから。
後に退けないなら進めばいい、なんては思わない。立ち止まったっていい筈だ。人生には立ち止まることだって必要で、一度冷静に物事を見直すことで見えてくるものもある。
だけど、その答えはすでに私が体現している。
私は進んでいるんだ。
僅かばかりの期待を精神の支柱に添えて。風が吹けば消えそうな頼りないロウソクの炎を胸に灯して。進む先に何が待っているのかも分からないのに。
 これが正しい選択なのかは判然としない。
 だけど正解か不正解かなんて、問題を解いてみないと知ることは出来ない。解きもしないで結果を決めつけるのは出題者に失礼だろう。ならば解けばいい。私はこの問題を解いてみせる。採点はお譲ちゃんに任せればいいんだろう?
 坂道を下り終え、しばらく平坦な地面を歩く。砂利を踏みしめる乾いた音に心臓の鼓動が交じる。視界が奪われている分、聴覚が発達しているらしい。
 耳が、隣から伝わってくる荒れ狂う水流の音を捉える。昨日と一昨日は天気が崩れて集中的な豪雨が続いていたことを思い出した。だからここの来るのは二日ぶりなのだが、まだ壁の落書きが消し終わっていないんだ。と言ってもほとんど残ってないので、今日で終えるつもりだったんだけど、どうやらまた延期になりそう。
「おじさん」
「ん?」
 呼びかけと同時に、今まで先導していたお譲ちゃんの動きが止まる。手首から掴んでいた手が離されて、しばらく私の腕は宙を彷徨った。
「わたしが今からしようとしてることは、何の意味もないかもしれない。おじさんにとっては、迷惑なだけかもしれない」
 紡がれる言葉は、儚さを纏っている。
「でもね、わたしはおじさんに出会ってたくさん大切なことを知ったんだよ」
 けれど、決して消えはしない確固たる意志が、その言葉を形作っている気がした。
「だから私は信じる。……おじさん、もう目開けていいよ」
「………………」
 そっと、瞼を持ち上げる。
 斜陽が眼球を焼いて、無音の呻き声を絞り出しながら何度か瞬かせる。視力を取り戻した瞳に飛び込んできたものは、何の変哲もない光景だった。
 どうやら鉄橋の真下に立っているらしく、橋の影が地面に投影されている。正面には騒々しい濁流と二人の男女。
 一人はお譲ちゃん。そしてもう一人は、
「久しぶり……お久しぶりです、おじさん」
「やぁ、君か。少年」
 いつかの高架下で出会った大学生くらいの青年だった。精悍な顔つきでお譲ちゃんの隣に立っている。
 何故お譲ちゃんと一緒にいるんだ? と疑問に思わなくもないけど、雰囲気から二人は知り合いなんだろうなと推測が出来た。何となく二人は似ている。並んだ姿を見るのは初めてなのに、違和感は全くなかった。
 違和感と言えば、青年が作業着のようなものを着ているのが気にかかる。しかも所々汚れていて、今まで何かの作業をしていたような風貌だ。
「わざわざ来てもらってすいません」
「いや、それはいいんだけど……」
 何が気になるって何故彼らがこの場所に? 私をここに連れて来たのはどういう意図があってのことなのだろうか。
 視線を流して辺りを観察してみる。特に変わったところは無い。
「未来ってば、まだ敬語忘れる癖治らないんだね。小学生の頃からずっとじゃん」
「努力してるっつーの。つーか、治そうともしない茉莉には言われたくない」
「いーの私は。開き直ってるから」
「それ、理由になってないからな?」
「だいたい未来の所為じゃん」
「は、おれ?」
「わたしに悪影響を与えたのは未来でしょ? この悪ガキめっ」
「悪ガキって……。小学生の頃の話だろ」
「わたしの家に生えてる柿の木から柿を取ろうとして何度も叔母さんに怒られてたよね」
「何で覚えてんだよ。いい加減忘れろよ」
「一生嬲ったるでー」
「……何気に酷い奴だな」
 脳の機能を総動員して現在の状況を整理している間に、何やら盛り上がり始めてるではないか。置いてけぼりにシナイデー。
「ちょ、ちょ、ちょっと」
「「なに?」」
 二人が同時に私の顔に視線を向けてくる。
「なに? じゃなくて。そろそろここに連れて来られた理由を聞きたいのだが」
 お互いの顔を見合う二人。周りの大気が弛みそうな、柔らかい微笑みを交換し合う。
「幸せ、だよ。おじさん」
 お譲ちゃんがビッと人差し指を立てて声高に宣言する。日本語は理解できるけど、その意味は測りかねる。
「お譲ちゃんは、幸せが見つかる場所って言ったよね? それがこの場所ってことでいいのかい?」
「そゆことー」
 お譲ちゃんと青年に交互に訝しげな目つきで一瞥くれて、辺りを見回す。視界には人の手が加えられた自然の景色が広がるだけ。悠々とした変化のない日常が幸せだとでも言うつもりだろうか? ならば幸せの価値も急落したものだと、私は嘆くしかない。
「ここが? 幸せが見つかる場所だって?」
 両手を広げる大袈裟な格好をとる。苛立ちを抑え切れず、少し皮肉めいた言葉を発してしまった。お譲ちゃんの言葉に僅かとはいえ期待を抱いてしまった自分に苛立ちを覚えるのだ。吐き気すらする。
「お譲ちゃんたち、いいかい、」
「おじさん」
 私の発言を押しのけるように青年が言葉を挟んでくる。
 その言葉で頭が一気に冷め、出しかけた言葉を飲み込み喉を詰まらせる。「ぐぅ……」と声にならない音が漏れ出た。
「幸せって、簡単に見れるもんじゃないんですよ」
 それは、言いかけた私の言葉を代弁するものだった。
「見ようと思っても目に映らなくて、手に入れようともがけばもがくほど、実体が希薄になっていく。……でも、たしかにそれは存在するんです。誰の側にも。意外な場所に存在してるんです」
 青年の言葉が徐々に胸の内に浸透していく。だけどそれは、青年が自分に言い聞かせているようでもあった。お譲ちゃんはそんな青年の言葉に耳を澄ませ、静かに目を伏せている。
「おじさんはここに幸せは無いと思うかもしれませんが、幸せを見つける方法はあります。それは……願うことです。幸せを願うことが出来る人間は、それだけで幸せになれる」
「それは、虚言だ」
苛立ちを通り越して、怒気を込めた言葉吐き捨てる。
私はかつて幸せを願っていた。だけど、幸せを手に入れるどころか、私という人間を形作るものを全て失った。象徴するものも、主張するものも失って、ただ存在するだけの器になってしまったというのに。
「虚言じゃないです。このことはおじさんが一番理解してる筈じゃないですか。だって、おじさんがそう教えてくれたんだから」
 体の中を流れていた青年の言葉が、瞬時に拡散して広がった。足元から上昇気流を受けたような浮遊感を覚える。体が軽くなった気がした。
「だからさ、」と言って青年が一呼吸置く。すると不意に青年が私を指差す。いや、私の更に背後を指している。
「おじさんも幸せを見つけてください」
 時間の流れが遅く感じるほどゆっくりと、何かに縋るように、何かを期待するように、振り返った。
「これ……は」
 赤、青、緑、黄、紫、黒、白。
 その他にも数えきれない色彩。
 壁面上で無数の色が踊る。
 思わず息を呑む。
  
 
石柱の壁面に描き出されたそれは、私の姿を写した一枚の絵だった。
 
 
「これ、これって……ええぇ?」
 思考が上手くまとまらなくて言葉が出て来ない。絵を見て、振り返って青年とお譲ちゃんの顔を見て、また絵を振り返る。
夢かと思った。だけどそれは、確かにそこに存在していた。視界の端で青年とお譲ちゃんが、お互いに掌を叩き合わせる仕草を見たような気がしたけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「目を瞑らせたのはつまり、これを見せないようにするためで。意外な場所って、そりゃ確かに背後は盲点だけど。いや、そんなことより、ここには消しかけの落書きがあった筈だが」
「落書き消すのって、思ったより大変なんですね」
 青年がわざとらしく疲れた表情を見せて肩を回し始める。
「消したのかい? 君が?」
「俺だけじゃないです。茉莉にも手伝ってもらいました」
「はーいっ。わたしも手伝ったよー」
 お譲ちゃんが右手を真っ直ぐ空に突き出してぴょこんと跳ねる。褒めて、というニュアンスで頭を差し出してくる。「こらっ」と青年が額を叩いた。ぺちんと、小気味好い音がした。
「絵も、二人で描いたのかい?」
「絵は未来が一人で描いたんだよ」
 そう言うと、お譲ちゃんが背伸びをして青年の頭を撫でようとする。その手を鬱陶しそうに振り払いながらも、青年は心なしか恥ずかしそうに顔を背けている。照れているようにも見える。
「一人って、こんな大きさの絵を一体いつ」
 言いかけたところで、ある一つの推測に行き当たった。
「まさか……雨が降っていたこの二日の間に……かい?」
「はい。そのまさかです。と言っても、雨が降ったのは偶然でした。そして、幸運でした。もし降らなければ、茉莉におじさんを足止めしてもらうという強硬手段を行使するしかありませんでしたから」
 さらっと怖いことを言い出した。二日間も足止めって、どんな拷問だ。
「そうそう。流石のわたしも、二日間足止めは大変だからね」などと言いつつ、お譲ちゃんはファイティングポーズをとって「シュッシュッ」と効果音付きでワンツーを繰り出す。どんな足止めをする気だったんだ。
「でも何で、何で絵なんかを……」
「おじさんが言ったんじゃないですか」
「え?」
 青年が強い意志を詰め込んで固めたような黒々とした瞳で、私を見つめる。
 そしてその時初めて、この青年はこんなに大人びていただろうか、という些細な疑問が浮かんできた。
「夢を追いかけろって言ったのは、おじさんでしょ?」
 それは、私が青年と初めて会った時に、去り際に残した言葉だ。それを青年は覚えていてくれた。こんな中年の言った言葉を今まで覚えていてくれた。それだけじゃなく、その答えも示してくれた。
「ま、絵を描いたのは俺でも、原画は茉莉ですけどね」
 これです、と言って青年がポケットから、折り畳まれた一枚の紙を抜き出して渡してくる。
 そこに描かれていたのは、壁面に描かれている絵と全く同じものだった。更に言うなら、掌サイズで見てみると、見覚えがあることに気付いた。そうこれは、間違いなくお譲ちゃんが私をモデルにして描いた絵だ。
「わたしが未来にお願いしたのも、その絵があったからだしね」
「だからって、君たちがこんなことまでする必要はないだろう」
「ありますよ」
 青年が鋭い肯定の言葉で斬り捨てる。表情は真剣そのもの。反論の余地を与えない圧迫感がある。と思ったら、すっと相好を崩し、頬元を綻ばせた。
「だって今日は、クリスマスじゃないですか。せっかくのクリスマスなんです。みんなが幸せでないと不公平じゃないですか。だからこれは、俺たちからのプレゼントです」
 そんな理由で。
 それだけの理由で、私のために。
「今日だけはみんなに幸せでいてもらいます。だからおじさん。……清掃活動はもうやめてください」
「……それは、どういう意味だい?」
「そのままの意味です。俺たちはおじさんのことなんて何も知らない。おじさんがどんな人生を送ってきて、どんな想いを抱えているのかも分からない。でも、苦しんでいることだけは分かります」
「わたしも分かる。過去の償いって理由で、おじさんは清掃活動をやってるのかもしれない。でもね、その行為に意味なんて無いよ」
「……っ!」
 意味が無いだって? それは私の存在すら否定するということか? 私が縋りついていた唯一のものを否定された、私はどうすればいいんだ。
 辺りを霞が包んだかのように視界がぼやけ始めた。平衡感覚を保ってられず、地面に倒れ伏しそうになる。むしろ倒れたい。そのままどこまでも沈んでいって、現実も何もかも捨て去りたい。
「どんなに拭い去ろうとしても、過去は事実として確かに残る。絶対に逃げられやしない。それはおじさんだけじゃなくて、わたしや未来だって同じ。誰だって一度は過ちを犯すんだよ。でも、でもね。どんなに過去に苛まれても、そこに自分が生きた証があるから、わたしたちは何度倒れても起き上がれる、だったら」
 唐突にお譲ちゃんが私の右手を掴んだ。二つの掌で包むように。溶け始めた私の意識を、もう一度繋ぎ合わすように。
「過去を置き去りにして未来に進むしかないんだよ」
 一筋の風が吹いた。視界に立ち込めていた霞が、晴れた気がした。
「わた、私は、」声が震える。当たり前だ。この言葉は、今までずっと言いたくて、でも言えなかった言葉なんだ。言ってしまったら、私はまた裏切ることになる。かつての同僚を、上司を、家族を置き去りにして、私だけ未来に進むことになる。
 それでも、今なら、今だけなら言える気がした。
「私は、私を許してもいいのだろうか?」
「もちろんだよ」
 手により一層力を込められるのが感じ取れる。肌に伝わる温かみが、お譲ちゃんの存在の証なんだ。
「でも、私はろくでもない人間だよ?」
「おじさんは、ろくでもない人間なんかじゃないです」
 答えたのは青年だった。
「おじさんは、俺に再び絵を描くきっかけを作ってくれました」
 もう一度背後を振り返って絵を見遣る。壁というキャンパスに描かれた鮮やかな絵。あの絵が、青年の存在の証。
「茉莉の後悔も取り除いてくれました。だから俺たちはこうして、また側にいれるようになったんです。独り独りだった俺たちを繋いでくれた。独りじゃ共有できなくても、二人なら幸せを分かち合える。俺たちは今、幸せです」
 そうか。
こんな私でも、誰かを幸せに出来るんだ。
 ずっと諦めてた。
 私に価値なんてないと思ってた。
 こんな人間が救われる筈ないと。
 未来なんて存在しないと思っていた。でも本当は、見ようとしなかっただけなんだ。過去を置き去りにして、私だけ未来に進むのは裏切り行為だと思ってたから。
 でも、誰かを幸せに出来るなら。
 私はまだ、立ち直せるかもしれない。
 こんなことを今更悟るなんて。
 そして、今更悟らされるなんて。
 本当に、
「ありがとう」
 私は二人の前で、深々と頭を下げた。今出来ることは、今すべきことは、頭を下げることしかないと思ったから。
「な、何でおじさんが頭を下げるんですか!?」
「そうだよ! お礼を言いたいのは私たちの方なんだけどっ」
 違うよ。君たちは自分の力で幸せを掴み取ったんだ。私はきっかけを作っただけ。君たちは側にいて、お互いの幸せを祈った。だから今ここにいる。
「今日のことは本当に感謝するよ。でも、清掃活動はやめない。それだけは譲れない」
「え、何でですか?」
 青年が戸惑いの表情を見せる。
 ふふん。そんなの決まってるじゃないか。当然の理由だよ。
「町を駆け回っていれば、君たちみたいな若者にまた出会えるかもしれないだろ?」
 つまりはそういうこと。
 何も難しくは無かった。
 幸せとは何なのか、今なら分かる。
 哲学とか宗教とか心理学とか、ややこしいものは何一つ必要無い。
 それは、誰かの幸せを願うことなんだ。誰かの幸せを願う時、私たちは独りじゃない。
 独りじゃないから、その人の幸せを祈れる。
 幸せってつまりは、その繰り返しなんだ。
 神様、私は過去に罪を犯しました。救いなど決して無く、祈ることさえ許されないと思っていました。
 でも、もういいでしょう? 私は充分に罪を償いました。
 だから、
 だからどうか神様、もしも願いが叶うなら。
 あの二人がこれからもずっと幸せでいられますように。
 
 
クリーンおじさんは今日も町を駆け回る。
独りじゃないことを願いながら。
誰かの幸せを祈りながら。
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Comments

つかボン、こんばんは。
3000HITおめでとうございます。
素晴らしいお礼ですね。自分のとこでやったことが恥ずかしくて、死にたくなります…

「クリーンおじさん」のラスト読ませていただきました。
終わりと言うよりは始まりという感じがしましたね。
俯いていた者たちが顔を上げ、ここから再スタートする。こういう終わり方もいいですよね。

全体を通して本当に素晴らしい作品でした。
読むことが出来てとても幸せです。
つかボン先生お疲れさまでした。次回作も期待してます。

Posted at 2010.05.31 (00:37) by じたま (URL) | [編集]
3000おめでとうございます!
何かつかボンさんが遠くへ行ってしまったような……(笑)。

正直1話を見た限りでは、ここまで地の文が変わるとは思ってもいませんでした。成長幅に驚嘆してます。
つかボンさんの考えというか思想が、とても反映されていて、つかボンさん「らしい」小説になっていたと思います。

4話の序盤とラストの引きは見事です! こういうの好きなんです。
終わりは始まりに。どこかで三人はまた会うのでしょうね。そんな予感をさせてくれる素晴らしい最終話でした。
ありがとうございました!!
Posted at 2010.05.31 (21:47) by ask (URL) | [編集]
Re: タイトルなし
じたまさん、コメントありがとうございます。

そんなことないですよ!
じたまさんのお礼も私にとっては、素晴らしいものでした。

『クリーンおじさん』最初から最後まで読んでいただきありがとうございます。
じたまさんには、本当に力をもらいました。
じたまさんのコメントを見ていると、書く意欲が湧いてくるんですよね。
満足出来る終わり方を書けたかどうか不安ではありますが、私の作品を読めて幸せだと言っていただけるだけで、この作品を書いて良かったと思えます。

次回作も楽しみにしていてください。
あと、『クリーンおじさん』の番外編も。
先生は……恥ずかしいです。

askさん、コメントありがとうございます。

遠くになんて行きませんよ!
私はいつだって平凡で普通な人間です。
その等身大を維持し続けます。

確かに文体は一話と比べると随分と変わったなと思います。
それが成長かどうなのかは分かりませんが、askさんの言うとおり私「らしい」文体を手に入れたのかなと、今は前向きに考えることにします。

こちらこそ最初から最後まで読んでいただきありがとうございました。
askさんは私にとって、身体を支えてくれるつっかえ棒のような存在でした。
askさんのように私の作品を楽しみにしてくれる人がいる。それだけで私は書き続けることが出来ました。
これからも応援して下さると嬉しいです。
Posted at 2010.05.31 (23:19) by つかボン (URL) | [編集]
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つかボン

Author:つかボン
前ブログ『BOOKDAYs!』の元管理人。
入間人間先生をこよなく愛し、自らも作家を目指す小説家志望だが、その実態は堕落人生まっしぐらのダメ学生。
しかし落ちるところまで落ちればあとは昇るだけ、それは可能性の獣。

同人誌『Spica-スピカ-』のメンバーとして活動もしています。
コメントなどはお気軽に。
どうぞよろしくお願いします。

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