Colorful Concrete
おもしろき ことなき世を おもしろく 高杉晋作
パニッシュメント/江波光則
- Posted at 2011.03.21
- lガガガ文庫
佐川急便
以前友人の部屋探しを手伝ったときに、担当となった不動産屋のスタッフから聞いた話。
そのスタッフは不動産で働く前は引っ越し業者だったらしいのですが、同じ職場にかつて佐川急便で働いていた方がいたらしいです。
そのスタッフさんはいい機会だと思い、その方に訊いてみたそうです。「佐川急便って走って荷物を届けるスタンスを売りにしているイメージがあるが、あれは会社の方針なのか?」と。
すると、こう返ってきたらしいです。
「会社の方針ではないし、上から命令されてるわけでもない。単純に、走らないと一日が終わらないんだ」
この話を聞いたとき、私は上手いなと感心しました。
走らないと仕事が終わらない。→ならいっそのこと、それを売りにしてやろう。
経営戦略ってこういうことを言うんでしょうね。
――あらすじ――
高校生・郁には何かの拍子に「誰かを殺しそうな顔」をしてしまう瞬間がある。それが新興宗教の教祖をしている父親と関連があるのかどうかは不明…。父親とは長年離れて暮らし、存在を「ないもの」としているが、幼馴染みの女子高生・常磐の母親がその宗教に傾倒していることに対し、本当の事実を告げられない。何も知らず、接してくる常磐に複雑な感情を抱いてしまう郁。一方でクラスメイトの謎めいた占い少女・七瀬がなぜか、アプローチをしかけてくるが、実は、郁と父親に関しての秘密を知っているらしく…『ストレンジボイス』の江波光則が送る、ローリング必至の青春&恋愛模様。
――感想――
妙に話題になっていたので読了。
作者の前作『ストレンジボイス』も特殊な評価を受けていたのでそれなりに身構えて読んだけど、なんだろう、これは評価が難しいなあ。確かに特殊になるのもわかる。
素直な感想を述べると、えらく面白かった。
読んだのは愛媛から大阪へ戻る高速バスの中という悪環境の中でありながら、ぐいぐい引き込まれて時間も揺れも忘れて読み終えてしまった。少なくともそれだけの魅力はあった。
けれど、そこからどう感想を発展させればいいのかがわからない。
面白いのは確かだけど強くはお薦めできない。
特に帯の文句になにかを期待した人は、その内容がなんであれ裏切られることは覚悟されたし。上の画像で帯が見られないのが残念でならない。表紙を見て「キャッキャウフフの学園ハーレム?」なんて思った人も「まずあり得ない」と言っておく。
そう。これは、ガガガ文庫だ。
ラノベの中でも曲者ぞろいのレーベルが贈り出す怪作である。ある意味青春小説ではあるのだろうけど、ラノベの域は完全に越えてしまっている。それでも現代人にこそ読んでもらいたい一冊。
新興宗教の教祖を父に持つ主人公・郁と、幼馴染で、母がその宗教に傾倒してしまい家庭に不和を抱える常磐。
郁の母親が過労で倒れたことを契機に二人の距離に変化をもたらそうとする常磐に対し、郁はひた隠しにしてきた父親のことを後ろめたく思い、関係性に停滞を望む。
一方で、当たると評判のタロットカード占いで人気者となったクラスメイトの七瀬に、郁は突如言い寄られるようになる。七瀬が望み、郁に突きつけた要求。それは悪魔の囁きだった。
そこから怒涛のように転がり始める郁の日常。色々なものが音を立てて崩れ始める。そしてその背景には、いつも郁の父親が教祖を務める教団の影が潜んでいた。
この作品のテーマは、ズバリ『信仰心』。
それはなにも神だけに限らず、趣味や目的でもいい。とにかく人は、なにか一つでも自分の信じられるものがないと生きていけないほど、弱い生き物なのだ。なにかに追い縋り、杖の代わりを果たして立たせてくれるものがないと満足に歩くこともできない。
そして人は、その信仰心の尺度を金という目に見える数字に代えて捧げるのである。それが『宗教』だ。
この物語に悪徳宗教なんて単純で下劣なものは登場しない。教祖も教団の人々も神の存在に対する価値観の違いだけで、それ以外は一般人となんら変わらない真っ当な人格保有者。善意も悪意もなく、ただただ正当な宗教のあり方がそこにはある。
だからこそ気持ち悪いとも思う。悪意あるほうがまだ受け入れやすかった。
まさに底なしの縦穴。底が見えない真の恐怖。得体が知れないとはこのことだ。
ラストの展開には賛否両論あると思う。
けれど郁がときおり見せる「人を殺しそうな顔」の謎を終盤までいい具合に引っ張り、張り詰めすぎた糸が切れたかのように爆ぜていくラスト数十ページには脳髄にまで及んで魅せられた。
期待を越えた素晴らしい一冊だった。
読む前に、最低限の予防線としてタイトルの意味ぐらいは把握しておいたほうがいいかもしれない。
刑罰を下されたのは一体だれだったのか。信ずる者は救われるのか。
その先はぜひ自身の目で確かめてほしい。
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以前友人の部屋探しを手伝ったときに、担当となった不動産屋のスタッフから聞いた話。
そのスタッフは不動産で働く前は引っ越し業者だったらしいのですが、同じ職場にかつて佐川急便で働いていた方がいたらしいです。
そのスタッフさんはいい機会だと思い、その方に訊いてみたそうです。「佐川急便って走って荷物を届けるスタンスを売りにしているイメージがあるが、あれは会社の方針なのか?」と。
すると、こう返ってきたらしいです。
「会社の方針ではないし、上から命令されてるわけでもない。単純に、走らないと一日が終わらないんだ」
この話を聞いたとき、私は上手いなと感心しました。
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「神を求めている人間に、神を紹介する。そういう仕事だよ、私の仕事は。……そして今更私が、それは全部嘘だ、神なんていやしないから、自分一人でどうにかしろと言ったってどうにもならない。……何しろ、本当にいないという証拠さえ出せないのだからな」
――あらすじ――
高校生・郁には何かの拍子に「誰かを殺しそうな顔」をしてしまう瞬間がある。それが新興宗教の教祖をしている父親と関連があるのかどうかは不明…。父親とは長年離れて暮らし、存在を「ないもの」としているが、幼馴染みの女子高生・常磐の母親がその宗教に傾倒していることに対し、本当の事実を告げられない。何も知らず、接してくる常磐に複雑な感情を抱いてしまう郁。一方でクラスメイトの謎めいた占い少女・七瀬がなぜか、アプローチをしかけてくるが、実は、郁と父親に関しての秘密を知っているらしく…『ストレンジボイス』の江波光則が送る、ローリング必至の青春&恋愛模様。
――感想――
妙に話題になっていたので読了。
作者の前作『ストレンジボイス』も特殊な評価を受けていたのでそれなりに身構えて読んだけど、なんだろう、これは評価が難しいなあ。確かに特殊になるのもわかる。
素直な感想を述べると、えらく面白かった。
読んだのは愛媛から大阪へ戻る高速バスの中という悪環境の中でありながら、ぐいぐい引き込まれて時間も揺れも忘れて読み終えてしまった。少なくともそれだけの魅力はあった。
けれど、そこからどう感想を発展させればいいのかがわからない。
面白いのは確かだけど強くはお薦めできない。
特に帯の文句になにかを期待した人は、その内容がなんであれ裏切られることは覚悟されたし。上の画像で帯が見られないのが残念でならない。表紙を見て「キャッキャウフフの学園ハーレム?」なんて思った人も「まずあり得ない」と言っておく。
そう。これは、ガガガ文庫だ。
ラノベの中でも曲者ぞろいのレーベルが贈り出す怪作である。ある意味青春小説ではあるのだろうけど、ラノベの域は完全に越えてしまっている。それでも現代人にこそ読んでもらいたい一冊。
新興宗教の教祖を父に持つ主人公・郁と、幼馴染で、母がその宗教に傾倒してしまい家庭に不和を抱える常磐。
郁の母親が過労で倒れたことを契機に二人の距離に変化をもたらそうとする常磐に対し、郁はひた隠しにしてきた父親のことを後ろめたく思い、関係性に停滞を望む。
一方で、当たると評判のタロットカード占いで人気者となったクラスメイトの七瀬に、郁は突如言い寄られるようになる。七瀬が望み、郁に突きつけた要求。それは悪魔の囁きだった。
そこから怒涛のように転がり始める郁の日常。色々なものが音を立てて崩れ始める。そしてその背景には、いつも郁の父親が教祖を務める教団の影が潜んでいた。
この作品のテーマは、ズバリ『信仰心』。
それはなにも神だけに限らず、趣味や目的でもいい。とにかく人は、なにか一つでも自分の信じられるものがないと生きていけないほど、弱い生き物なのだ。なにかに追い縋り、杖の代わりを果たして立たせてくれるものがないと満足に歩くこともできない。
そして人は、その信仰心の尺度を金という目に見える数字に代えて捧げるのである。それが『宗教』だ。
「神は何も喋らんよ。信者が身勝手にやっているだけだ。その身勝手さを肯定してくれるのが、神というものだ。我が儘を好きなだけ放り込める底なしの縦穴だよ、宗教ってのは」
この物語に悪徳宗教なんて単純で下劣なものは登場しない。教祖も教団の人々も神の存在に対する価値観の違いだけで、それ以外は一般人となんら変わらない真っ当な人格保有者。善意も悪意もなく、ただただ正当な宗教のあり方がそこにはある。
だからこそ気持ち悪いとも思う。悪意あるほうがまだ受け入れやすかった。
まさに底なしの縦穴。底が見えない真の恐怖。得体が知れないとはこのことだ。
ラストの展開には賛否両論あると思う。
けれど郁がときおり見せる「人を殺しそうな顔」の謎を終盤までいい具合に引っ張り、張り詰めすぎた糸が切れたかのように爆ぜていくラスト数十ページには脳髄にまで及んで魅せられた。
期待を越えた素晴らしい一冊だった。
読む前に、最低限の予防線としてタイトルの意味ぐらいは把握しておいたほうがいいかもしれない。
刑罰を下されたのは一体だれだったのか。信ずる者は救われるのか。
その先はぜひ自身の目で確かめてほしい。
関連商品
羽月莉音の帝国 6 (ガガガ文庫)
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Comments
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これはまた、かなり特殊ですね。
現代の病理みたいなところを書いたラノベは案外多いと思うんですが、まさか宗教になるとは、エキセントリックな気がします。
結局、科学でもそれを信奉していれば宗教になっちゃうんですよね(逆に言えば、宗教もこの世の摂理を解明しようとした科学なわけですが)。
確かにあまり読む気にはなれませんが、気になる一冊です。
本屋で見かけたら立ち読みしてみます。 - Posted at 2011.03.22 (11:08) by サクラ (URL) | [編集]
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管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます - Posted at 2011.03.22 (13:41) by () | [編集]
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Re: サクラさんへ
コメントありがとうございます。
まさにエキセントリックです。だからラノベの埒外だと思うんですよね。ラノベを読みたいと思って読む人向けではないなと。
宗教も科学も本質は同じということですよね。何気なく考える運勢だって、もとをただせば宗教の概念なわけですし。
正直なところ立ち読み程度がちょうどいいのかなと思います。気に入れば恐ろしくハマる作品ではありますが。 - Posted at 2011.03.22 (17:12) by つかボン (URL) | [編集]
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Re: 鍵コメの人へ
コメントありがとうございます。
そう言っていただけると非常に嬉しいです。
本当にお薦めはできないので、一度立ち読みで確かめてみたほうがいいかもしれません。
追記の件ですが、もちろんOKです。
一応声をかけてもらいたいのでフリーとは記載してないんです。 - Posted at 2011.03.22 (17:22) by つかボン (URL) | [編集]
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ある意味で私の好きな「鬼才」と呼ばれる方になりそうなので、ぜひとも読んでみたいところ。
気に入らないかもと言われると、読みたくなりますよ。それに、面白くなくても、正直異端作と呼ばれるくらいの作品の方が感想書きやすいと思いません? - Posted at 2011.03.22 (23:43) by ask (URL) | [編集]
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Re: askさんへ
コメントありがとうございます。
あの作品、賛否両論というよりは「よくわからない」という風な評価が多かったんですよね。だから特殊だと思いました。
それが『パニッシュメント』を読むきっかけでもあったのかもしれません。
鬼才と呼ばれるほどの才能は充分に持ち合わせているのではないかと。
ただラノベ界では肩身の狭い思いをする作風だと思います。ガガガだから受け入れられているような気がしますね。
けれど面白さは保障します。ラノベにもこういう作品があるんだということを知ってもらいたい一冊です。
異端作は異端作でも、やっぱり作品によりますね。
事実、私はこの作品の感想を書きにくいと思いましたから。
正直、この作品に限ってはどこまで内容を理解してもらえてるか不安です。私の感想じゃ半分も伝え切れているかどうか。
それほど深層な中身を持つ作品でした。 - Posted at 2011.03.23 (11:56) by つかボン (URL) | [編集]